2015年09月24日
日本語で読んでもわからない ~~大学入試の長文から~
今、東大の長文では、最高に難問に差し掛かっています。
今日、ダテッチとあーやが来て、まったくわからないというのです。
たしかに、東大後期の問題はかなり難問が多く、その中でも、
今日の問題は特別でした。
この長文は、哲学的な考えを述べていますから、ダテッチが
言うには「日本語で読んでも、やはりわからない」といった長文です。
さらに、覚えておきたい単語の使い方や、構文がさかんに出題され
ているので、この長文を何度も読めば、かなり実力向上につながり
ます。
この文の趣旨は、一般的に言われる、
「行動する前に考えれば、もっといい行動ができるはずだ」 という
テーマに異議を唱えているのです。
普通、よく先生から、あるいは両親から「どうして考えなかったのか。
失敗するとわかってたではないか」と言って叱られます。こんな言葉を
言われた経験のない人はいないでしょう。
私も、何度も父親から「物事をやる前に、ちゃんと考えないから、
こんな失敗をするんだ。今後は何でも考えてやるんだぞ」と叱られた
ものですし、いや、しょっちゅうこのように叱られていましたから、
このテーマに異論をはさむ余地などないと思っていました。
ところが、この著者は、このテーマはおかしいというのです。
ある行動を起こす場合、そして、その行動の前に考えなければ
ならないなら、考えること自体が行動ではないかというのです。
もし、事前に考えることが行動なら、その考える行動の前に
もうひとつ行動がなくてはならないということになるから、
ある行動の前にもうひとつの行動があるというのは不可能だ。
要するに、行動というのは突然に始まるものであり、
必ず前の行動から引き継いでいるわけではないというのです。
たしかに、そう言われてみればそうかもしれません。
しかし、これはただの理論であって、やはり、賢く行動する場合は、
事前にその行動について考えておくことは大切なことだと思います。
最後に、ダテッチもあーやも「哲学というのは、ただの理論だね」
という結論になりました。
やはり、理論というのは、聞いて楽しいかのしれませんが、実生活に
役立つ理論の方が意味があるかもしれないということになりました。
そこで、実生活に役立つ理論を唱えた人は・・・という質問にあーやが
『陽明学』と答えました。さすが・・・
そしてそれを表す4文字熟語はの質問に、タデッチが『知行合一』と
答えたのです。
日本史世界史も勉強が進んで来ましたね。
ところで、下の文はどんな意味ですか?
Indeed even when we are concerned with their intellectual excellences and deficiencies, we are interested less in the stocks of truths that they acquire and retain than in their capacities to find out truths for themselves and their ability to organize and exploit them, when discovered.
What distinguishes sensible from silly operations is not their parentage but their procedure, and this holds no less for intellectual than for practical performances.

リトルアメリカ教育センター 中津校
地図はこちら
https://twitter.com/LittleAmericaON 大分校
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今日、ダテッチとあーやが来て、まったくわからないというのです。
たしかに、東大後期の問題はかなり難問が多く、その中でも、
今日の問題は特別でした。
この長文は、哲学的な考えを述べていますから、ダテッチが
言うには「日本語で読んでも、やはりわからない」といった長文です。
さらに、覚えておきたい単語の使い方や、構文がさかんに出題され
ているので、この長文を何度も読めば、かなり実力向上につながり
ます。
この文の趣旨は、一般的に言われる、
「行動する前に考えれば、もっといい行動ができるはずだ」 という
テーマに異議を唱えているのです。
普通、よく先生から、あるいは両親から「どうして考えなかったのか。
失敗するとわかってたではないか」と言って叱られます。こんな言葉を
言われた経験のない人はいないでしょう。
私も、何度も父親から「物事をやる前に、ちゃんと考えないから、
こんな失敗をするんだ。今後は何でも考えてやるんだぞ」と叱られた
ものですし、いや、しょっちゅうこのように叱られていましたから、
このテーマに異論をはさむ余地などないと思っていました。
ところが、この著者は、このテーマはおかしいというのです。
ある行動を起こす場合、そして、その行動の前に考えなければ
ならないなら、考えること自体が行動ではないかというのです。
もし、事前に考えることが行動なら、その考える行動の前に
もうひとつ行動がなくてはならないということになるから、
ある行動の前にもうひとつの行動があるというのは不可能だ。
要するに、行動というのは突然に始まるものであり、
必ず前の行動から引き継いでいるわけではないというのです。
たしかに、そう言われてみればそうかもしれません。
しかし、これはただの理論であって、やはり、賢く行動する場合は、
事前にその行動について考えておくことは大切なことだと思います。
最後に、ダテッチもあーやも「哲学というのは、ただの理論だね」
という結論になりました。
やはり、理論というのは、聞いて楽しいかのしれませんが、実生活に
役立つ理論の方が意味があるかもしれないということになりました。
そこで、実生活に役立つ理論を唱えた人は・・・という質問にあーやが
『陽明学』と答えました。さすが・・・
そしてそれを表す4文字熟語はの質問に、タデッチが『知行合一』と
答えたのです。
日本史世界史も勉強が進んで来ましたね。
ところで、下の文はどんな意味ですか?
Indeed even when we are concerned with their intellectual excellences and deficiencies, we are interested less in the stocks of truths that they acquire and retain than in their capacities to find out truths for themselves and their ability to organize and exploit them, when discovered.
What distinguishes sensible from silly operations is not their parentage but their procedure, and this holds no less for intellectual than for practical performances.



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Posted by リトルアメリカ at 10:47│Comments(0)
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