2015年10月02日

ちょうどあの幕末のときと同じように…

 高校のころ、私がもっとも理解できずに、わけのわからないと

感じていたのは、「尊王攘夷」という言葉でした。

 「尊王攘夷」は文字どおり天皇を敬い、夷狄を排除するという

意味のはずです。

 ところが、もっとも尊王攘夷を実践していたはずの薩摩や長州が、

外国と結びつき、外国から買い付けた近代的な軍備を持って、

旧態依然とした幕府軍を打ち破ったのだというのですから、一体

どうなっているのだろうといつも不思議に思っていました。


 大学に入り、いろいろな本を読み続けていくうちに、「尊王攘夷」とは

幕府を倒すためのただのスローガンでしかなかったのだとわかって

来ました。

 もちろん、初めはそれはただのスローガンだけではなかったので

しょうが、ある時期から、それはただのスローガンになって行ったの

でしょう。


 そして、さらに、開国したのは意外にも江戸幕府なのだということも

後になって認識したのです。

 中学でも、高校でも開国したのはペルーが来て、それがきっかけで

開国したのだとは理解していましたが、その当事者が幕府だったとは、

はっきりとは理解していなかった気がします。

 これは何故なのかわかりませんが、何となく鎖国を実施している幕府が

開国などするはずがないと思っていたのでしょう。


 実際は幕府が開国し、それに反対する勢力が尊皇攘夷という

スローガンを掲げ、結集して行ったのですよね。



 ということで、薩摩や長州が開国して、近代的な軍備を持ったために、

幕府軍に勝ったのだとばかり思っていました。

 たしかに、幕府軍の一部は旧式の武器しか持っていなかったのかも

しれませんが、しかし、思ったよりずっと近代的な軍備を持っていたのだ

ということも、後になって、わかって来ました。

 要するに、勝敗は武器の差ではなく、薩長の方が、幕府軍よりもずっと

士気が高かったのだと思います。


 このことで私の言いたいことは…初めは「尊皇攘夷」という思想が、

多くの日本人を目覚めさせ、この思想が一般に広まったころには、

一部の知識人は、もうその愚かさを悟り、開国の重要性を知っていった

のだと思います。

 そして、このことが一般の知識人とさらなる知識人との間に隔たりを生み、

多くの悲劇が生じたのだと思います。


 最近、安保関連法が成立しました。

 推進する知識人と、反対する知識人の間で、ちょうどあの幕末の開国の

ときと同じように意見の相異が生じています。

 時代が大きく変わっているということを、わたし達は認識しなければ

ならないのでしょうね。

ちょうどあの幕末のときと同じように…
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