2017年01月04日

よく出来る子が犠牲にならないように

 先日も書きましたが、ニュージーランドでは、小学校は5歳に

なったその日から、登校しはじめます。

 こうなるとよく読める生徒と読めない生徒の違いがあるのは

当然のことになります。

 何か月か早く学校に行き始めている生徒は当然ながら、遅く

入った子より読めることになりますから、上のグループにいる

わけです。

 まだ学校に行き始めたばかりの生徒は、読む能力は鍛え

られていませんから、下位グループです。


 ただ毎日宿題があり、それは10ページ程度の本を読んでくる

ということです。

 これは読みたい生徒は読んでくるし、いやだという生徒は

読んで来ません。

 このため、当然読む能力に相違が生じ、グループ編成が

変化してきます。

 いちばん下のグループから上のグループに入ることは普通に

行われることになります。


 日本では、グループ分けは良くないといった不文律みたいな

ものがあります。

 そのためこのようなグループ編成は避けられているようです。


 このことを先日、一部の生徒に話してみました。

 するとほとんどの生徒がグループ分けに賛成だというのです。

 習熟度別のクラス編成があってもかまわないというのです。


 もちろんこれが生徒全部の意見ではありませんが、生徒の

中にはこうした能力別を認める意見も多いのではないかと思い

ます。

 これらの編成に反対なのは、お母さん方の

「もしうちの子が下のクラスに行ったら可哀想だ」

という意見から来ているのかもしれません。


 ただ現在の平等主義は、よく出来る子の犠牲の上に成り立っ

ています。

 よく出来る子は「こんな簡単なことはやりたくないよ」と言う

気持ちを表すことがありません。

 もしそんな気持ちを表そうとしたら、「あいつ威張っている」と

ひんしゅくを買うのは目に見えているからです。


 しかし、彼らが勉強を楽しんでいるかどうかは、その目を見れ

ば明らかです。

 何度も同じものを読んだり、わかっていることを反復させる

だけでは退屈で、彼らの本来持っている好奇心というものに訴え

ないという問題が起こってきます。

 クラスの中で、ときには
「何でこんな簡単なことが分からないのだろう」

といった目つきに出会います。

 つまりその生徒はとっくに理解して退屈を感じ始めているの

です。


 こんな彼らを満足させることは、将来のためにやはり重大です。

 だからリトルでは、そんな生徒を、1学年上のクラスに入れたり、

クラスではやっていない教材を覚えて来てもらい、テストを繰り返し

たりします。

 そうした生徒は自ら望んで上を目指す傾向があるので、彼らの

思いに答える形でそうしています。

 このようにして、彼らが「退屈でつまらない」とか、「あきあきする」

とか思わないようにする事が重大であると考えるからです。


 やはり伸びたいという生徒を思う存分に伸ばして行く場面も必要

なのではないでしょうか?

よく出来る子が犠牲にならないように
よく出来る子が犠牲にならないように リトルアメリカ教育センター 中津校地図はこちら 
 https://twitter.com/LittleAmericaON       大分校地図はこちら  






ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村



同じカテゴリー(受験 勉強方法)の記事画像
子どもたちのテンションはどんどん上がっていきます
あの子は家では全然勉強しないらしいのに…
認めることから本当の勉強は始まります
得意になってやっていたことが進まなくなり、なんだか楽しくなくなって…
「今度のテストでは、全科目、平均点以上を目指します!」という人がいますが…
今のことにいっぱいいっぱいで…となる前に…
同じカテゴリー(受験 勉強方法)の記事
 子どもたちのテンションはどんどん上がっていきます (2024-04-18 23:17)
 あの子は家では全然勉強しないらしいのに… (2024-03-26 00:04)
 認めることから本当の勉強は始まります (2024-03-21 23:50)
 得意になってやっていたことが進まなくなり、なんだか楽しくなくなって… (2024-03-14 19:57)
 「今度のテストでは、全科目、平均点以上を目指します!」という人がいますが… (2024-03-01 14:01)
 今のことにいっぱいいっぱいで…となる前に… (2024-02-28 00:18)

※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。