2015年03月29日
人として成長した半年間―2015年 合格体験記
石田 望 君 同志社大学 合格
(大分舞鶴高校 出身)
僕は前期試験で九州大学が不合格でした。
まず、こんな僕でもこのような文章を書かせてくれる
リトルの先生、本当にありがとうございます。
僕は高校でハンドボール部に所属し、このリトルアメリカに
入ったのは3年の7月でした。
そのころは英語が一番の苦手教科で、マーク模試では
読むことすら間に合わず得点もかろうじて100点に届く
くらいでした。
まずリトルに入ってからするのは単語でした。
英語は単語がとても大切だと言うことは、どこの誰でも
言うことですが、ほんとのほんとのほんとのほんとにそうです。
そのためにまず、フロ単というリトルの単語帳を
一気に覚えるのが絶対に良いです。
例えば僕の場合、フロ単の中にdoom(悪い運命となる)
というのがあるんですが、こんな単語聞いたことないし
本当に出るのかなと半信半疑だったのですが、
覚えた次の週くらいに模試の和訳で出て、
「この単語帳はすごいなぁ!」と実感しました。
その後も順調に単語帳やイディオム帳を覚えたのですが
次々と模試で的中していくのを肌で感じました。
僕は暗記構文がとても苦手で、いつもつまらないミスを
してばっかりで悔しい思いをしました。
そんな僕でもセンター試験は積み重ねた単語と
イディオムのおかげで8.5割を取ることができました。
この点数はリトルに入る前には考えられない成績であり
Q先生、剛先生には感謝してもしきれません。
しかし、こんなにセンターの得点を上げたとしても
希望の大学に合格できないこともあります。
ここからは、僕が実感した大学受験の難しさと、悔しさを
書きたいと思います。
これを読んだ受験生の皆さんに僕と同じ気持ちを
経験して欲しくないからです。
僕はセンター試験で今までの自己ベストを大きく更新
しました。
そんな中、同志社大学にも合格し、このまま失敗知らずで
九州大学合格を勝ち取れると、どこかでおごっていたのかも
しれません。
最初に書いたように九州大学を不合格だった時、僕は
本当にショックを受けました。
クラスメイトが次々と合格していく中で自分一人だけ
取り残されている感覚をどうしても感じないではいられません
でした。
本当に悔しかったです。
涙を流すこともあったけれど、浪人はせずに
合格した同志社大学に進学することに決めました。
Q先生に報告したところ、おめでとう!同志社もそう簡単に
受かるところじゃないし、いいところだよ!って言ってもらい
元気づけられました。
だから、これからは不合格を前向きにとらえて合格よりも
有意義なものにできるように考えて行動したいと思います。
センター試験で良い点を取っても二次試験で
逆転されることは平気であります。
実際、同じ学部を受験した友達の中で僕はセンター試験では
いちばん点数を取れていたのに、僕だけが不合格で他の人は
合格という結果になりました。
これは単に僕の実力不足であって、リトルに入れば
二次試験に対応できる実力がつきます!
不合格の僕が言うのはなんとも説得力がなくて…
Q先生、剛先生すいません…笑
でも、僕が同志社大学に合格したのも、九州大学を
受験できたのも、ここにきたからであり、ここに来なければ
今頃どうなっていたかわかりません。
それと、リトルはとても良い環境だと思います。
どういうことかというと、難しい文章を読んだ時でも
自分たちで考えるきっかけを与えながらわかりやすく解説
してくれる先生がいること。
また、さらに授業でやったことが学校の授業や模試や
センター試験、二次試験で出ることです。
受験生の皆さんは楽しみながらリトルの授業をどんどん
吸収していってほしいと思います。
さらにリトルアメリカでは心優しい浪人生もいて、僕を
引っ張ってくれました。
いつも先輩の背中を見て一生懸命頑張ろうと思える環境が
あったからこそ、ここまで成長できたのだと思います。
また、一緒にリトルに入ろうと誘ってくれて、一緒に頑張って
くれた矢野剛至君ありがとう。
長くなりましたが最後に僕がリトルで過ごした半年間で
関わった全ての人に感謝して終わりにしたいと思います。
一緒にリトルで過ごしてくれた友達、先輩方、後輩、剛至、
Q先生、剛先生。今までありがとうございました。
リトルに入って、ここまで頑張れて、本当に良かったです。


リトルアメリカ教育センター 中津校
地図はこちら
https://twitter.com/LittleAmericaON 大分校
地図はこちら

(大分舞鶴高校 出身)
僕は前期試験で九州大学が不合格でした。
まず、こんな僕でもこのような文章を書かせてくれる
リトルの先生、本当にありがとうございます。
僕は高校でハンドボール部に所属し、このリトルアメリカに
入ったのは3年の7月でした。
そのころは英語が一番の苦手教科で、マーク模試では
読むことすら間に合わず得点もかろうじて100点に届く
くらいでした。
まずリトルに入ってからするのは単語でした。
英語は単語がとても大切だと言うことは、どこの誰でも
言うことですが、ほんとのほんとのほんとのほんとにそうです。
そのためにまず、フロ単というリトルの単語帳を
一気に覚えるのが絶対に良いです。
例えば僕の場合、フロ単の中にdoom(悪い運命となる)
というのがあるんですが、こんな単語聞いたことないし
本当に出るのかなと半信半疑だったのですが、
覚えた次の週くらいに模試の和訳で出て、
「この単語帳はすごいなぁ!」と実感しました。
その後も順調に単語帳やイディオム帳を覚えたのですが
次々と模試で的中していくのを肌で感じました。
僕は暗記構文がとても苦手で、いつもつまらないミスを
してばっかりで悔しい思いをしました。
そんな僕でもセンター試験は積み重ねた単語と
イディオムのおかげで8.5割を取ることができました。
この点数はリトルに入る前には考えられない成績であり
Q先生、剛先生には感謝してもしきれません。
しかし、こんなにセンターの得点を上げたとしても
希望の大学に合格できないこともあります。
ここからは、僕が実感した大学受験の難しさと、悔しさを
書きたいと思います。
これを読んだ受験生の皆さんに僕と同じ気持ちを
経験して欲しくないからです。
僕はセンター試験で今までの自己ベストを大きく更新
しました。
そんな中、同志社大学にも合格し、このまま失敗知らずで
九州大学合格を勝ち取れると、どこかでおごっていたのかも
しれません。
最初に書いたように九州大学を不合格だった時、僕は
本当にショックを受けました。
クラスメイトが次々と合格していく中で自分一人だけ
取り残されている感覚をどうしても感じないではいられません
でした。
本当に悔しかったです。
涙を流すこともあったけれど、浪人はせずに
合格した同志社大学に進学することに決めました。
Q先生に報告したところ、おめでとう!同志社もそう簡単に
受かるところじゃないし、いいところだよ!って言ってもらい
元気づけられました。
だから、これからは不合格を前向きにとらえて合格よりも
有意義なものにできるように考えて行動したいと思います。
センター試験で良い点を取っても二次試験で
逆転されることは平気であります。
実際、同じ学部を受験した友達の中で僕はセンター試験では
いちばん点数を取れていたのに、僕だけが不合格で他の人は
合格という結果になりました。
これは単に僕の実力不足であって、リトルに入れば
二次試験に対応できる実力がつきます!
不合格の僕が言うのはなんとも説得力がなくて…
Q先生、剛先生すいません…笑
でも、僕が同志社大学に合格したのも、九州大学を
受験できたのも、ここにきたからであり、ここに来なければ
今頃どうなっていたかわかりません。
それと、リトルはとても良い環境だと思います。
どういうことかというと、難しい文章を読んだ時でも
自分たちで考えるきっかけを与えながらわかりやすく解説
してくれる先生がいること。
また、さらに授業でやったことが学校の授業や模試や
センター試験、二次試験で出ることです。
受験生の皆さんは楽しみながらリトルの授業をどんどん
吸収していってほしいと思います。
さらにリトルアメリカでは心優しい浪人生もいて、僕を
引っ張ってくれました。
いつも先輩の背中を見て一生懸命頑張ろうと思える環境が
あったからこそ、ここまで成長できたのだと思います。
また、一緒にリトルに入ろうと誘ってくれて、一緒に頑張って
くれた矢野剛至君ありがとう。
長くなりましたが最後に僕がリトルで過ごした半年間で
関わった全ての人に感謝して終わりにしたいと思います。
一緒にリトルで過ごしてくれた友達、先輩方、後輩、剛至、
Q先生、剛先生。今までありがとうございました。
リトルに入って、ここまで頑張れて、本当に良かったです。




https://twitter.com/LittleAmericaON 大分校



Posted by リトルアメリカ at 17:58│Comments(0)
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